並んで座った瞬間、彼のシャツの縫い目が見えた
カウンターの席で、肩が触れそうな距離に座った日のことです。
彼は白いシャツを着ていました。
その時点では、きれいにまとまっているという印象でした。
おしぼりを受け取るために腕を伸ばしたとき、袖の内側が見えたんです。
縫い代がびろっと開いていた。
処理されていない布の端が、ほつれかけて糸を出している。
知っているブランドのものでした。
名前を聞けば、多くの人が分かるところ。
それなのに、内側が雑だった。
値段って、こういうところに出るんだ…
その日から私は、男性の服の内側を見る癖がついてしまいました。
きれいめの正体は、シルエットではなく処理の細かさ
きれいめという言葉を、形の話だと思っている人が多いんです。
襟があるとか、テーラードだとか、細身だとか。
違うんですよ。
きちんとして見えるかどうかは、縫い目の細かさと、端の始末で決まる。
一センチあたりの縫い目が多い服は、生地が引きつらずにまっすぐ落ちます。
粗い縫い目は、洗うたびに歪む。
その歪みが、なんとなく崩れた印象を作っていく。
近づいたときにしか分からない差が、記憶に残る
遠目には、どのブランドも似て見えます。
シルエットもデザインも、いまはどこも上手だから。
差が出るのは、隣に座ったとき。
女性が男性を至近距離で見る場面って、意外と多いんですよ。
カウンター席、電車、映画館の隣、傘に入れてもらったとき。
その距離で見えるものが、印象の最後の一押しになります。
店頭で見るべきは、値札ではなく裏側
ここで大半の人に反対されると思います。
きれいめならこのブランド、という定番があるでしょ、と。
名前を覚えるより、判別する目を持つほうが早い。私はそう考えています。
袖口をめくって、縫い代を確認する
シャツなら、袖の内側。
布の端が三つ折りで包まれているか、それとも切りっぱなしに近いか。
包まれているものは、洗濯を重ねてもほつれません。
本縫いという細かい処理がされていれば、内側に太い縫い糸のかがりが見えないはずです。
ジャケットなら、脇の裏地。
手を入れて、指先で縫い目を撫でてみてください。
ざらつきが少ないほど、丁寧に作られています。
ボタンの糸足と、留め方を見る
ボタンと生地のあいだに、糸の首があるかどうか。
これを糸足と呼びます。
きちんとした一着は、ここに数ミリの余裕があって、留めたときに布が引きつらない。
べったり縫い付けられたボタンは、閉めると周囲にシワが寄ります。
そのシワが、着ている人を窮屈に見せる。
たった数ミリの話が、全体の印象を左右するのが服の面白いところです。
価格帯別に、何が変わるのか
現実的な話をします。予算で選べるものは決まってくるので。
一万円未満は、シルエットで勝負するしかない
この価格帯だと、縫製の細かさまでは求められません。
その代わり、形の設計にお金をかけているところがあります。
肩の位置と着丈が合っていれば、十分きれいに見えます。
選ぶときの基準は、無地であること。
ロゴや装飾が入ると、そこに視線が集まって、生地の質が露見する。
何もない一枚のほうが、この価格帯では強い。
二万から三万で、内側の処理が変わってくる
このあたりから、縫い代の始末や芯地の質が上がります。
洗濯を繰り返しても、襟が波打たない。
二年着ても、新品に近い顔をしている。
一着を長く着るなら、結果的に安くつく価格帯だと思います。
安いものを毎年買い替えるより、二年ぶんで計算すると同じくらい。
そのうえ、着ている期間ずっときれいなのが強い。
それ以上は、素材と設計への投資
五万を超えると、生地の産地や、パターンの設計に金額が乗ります。
ここから先は、着る人の体型と相談する領域。
既製品で合わないなら、直しに出す前提で選ぶ。
高い一着をそのまま着るより、二万の一着を三千円で直したほうがきれいに見えることは、普通にあります。
買い替えた同僚と、私が外した一着
三千円の直しで、印象が反転した後輩
職場の後輩に、少し高いジャケットを買った子がいました。
うれしそうに着てきたけれど、袖が手の甲まで届いていたんです。
指の付け根まで隠れていた。
袖丈だけ詰めてもらうように言って、三千円ほどで直ってきた。
翌週、彼が会議室に入ってきたとき、私は資料から顔を上げました。
手首の骨が見えるだけで、腕が長く見える。
高い服を買うより、直しに出すほうが効いた例です。
ロゴ入りを勧めて、彼を若返らせすぎた
私の失敗も。
以前、当時の彼にきれいめのニットを選んだことがあります。
胸元に小さくロゴが入っていて、それが可愛いと思ったんです。
着てもらった日、待ち合わせで彼を見つけたとき、あれ、と思いました。
なんだか実年齢より幼く見える。
胸の一点に視線が集まって、そこから顔へ上がらないんですよ。
きれいめを目指すなら、装飾は削るほど良くなる。
その日から、私はロゴのないものしか勧めていません。
きれいめを名乗るために、絶対に外せない三箇所
襟の形。ここが崩れたら終わり
シャツの襟が波打っていたら、その一枚は退場です。
どれだけ高いものでも、襟がへたった瞬間に価値がなくなる。
洗濯のときはネットに入れて、干すときに襟を立てて乾かす。
アイロンをかけるなら、襟の裏から。
この二つを守るだけで、寿命がずいぶん延びます。
裾の丈。三段になった瞬間、全部崩れる
パンツの裾が靴の上でくしゃくしゃになっていると、上半身の努力が消えます。
靴の甲に一度だけ触れる長さ。
どれだけ良いものを着ていても、ここを外すと成立しません。
買った日に直しへ出す。
そのつもりで予算を組んでおくのが、結局は早い。
靴の状態。上を良くするほど、足元が響く
きれいめの服を着るほど、足元の粗が目立ちます。
ソールのすり減り、かかとの型崩れ、つま先の傷。
上が整っていると、そこだけ浮くんですよ。
月に一度、乾いた布で拭くだけでも違う。
革靴なら、クリームを塗るのは季節に一回で足ります。
ブランド名を覚えるのは、後からで構いません。
店で袖の内側をめくって、縫い目の細かさを指で確かめる。
その動作ができるようになった人は、値段に関係なく、きれいに見える一着を引き当てられるようになります。
