全身黒の彼を見て
待ち合わせの改札前。
向こうから歩いてくる姿を見て、あれ、と思ったんです。黒いTシャツ、黒いパンツ、黒いスニーカー。全部が同じ色なのに、なぜかバラバラに見えた。
理由はすぐにわかりました。靴の黒だけ、青みがかっていたんです。他が墨っぽい黒なのに、足元だけ冷たい。しかも表面がつるっと光っていて、そこだけ浮いている。
黒って、一色じゃないんだ
その日、彼に何も言えませんでした。褒めるところを探して、時計いいね、と言った気がする。我ながら苦しい(笑)。
黒スニーカーのコーデを調べる人は、たぶん失敗しない靴を探している。何にでも合う、汚れが目立たない、大人っぽく見える。そういう安心を買いたい。
でも黒スニーカーは、白より難しいです。合わせやすいという評判が一人歩きしている。
言い切ります。黒スニーカーは万能じゃありません。選ぶ段階で三つの条件を外すと、部活の帰りか、作業帰りのどちらかに見えてしまう。百人中九十九人が、黒なら安全だと思っているけれど。
白より難しい理由
白は、明るさが勝手に抜けを作ってくれます。
黒は違う。重さがそのまま足元に溜まるので、上半身とのバランスを自分で作らないといけない。
しかも、汚れないというのも半分は嘘です。黒は色あせます。擦れた部分から白っぽくなって、まだらになる。白い靴の汚れは洗えば落ちるけど、黒の色落ちは戻りません。
三つの条件、先に言います
一つ、ソールも黒であること。二つ、表面が光らないこと。三つ、ロゴが小さいこと。
このどれかを外すと、途端に難易度が跳ね上がります。順に話させてください。
ソールが白いだけで、脚が途中で切れる
黒い本体に白いソール。定番の組み合わせですよね。若い子はそれでいい。
ただ、三十代を過ぎたあたりから、この配色が体型を裏切り始めます。
横一本の白線が、視線を止める
足首から下りてきた黒が、突然そこで途切れる。白い帯が横に走って、脚の長さがそこで終わってしまう。
黒いパンツに黒いソールなら、地面まで一本の線が続きます。境目がないぶん、身長が高く見える。
これ、写真を撮って比べるとはっきりわかります。同じ人、同じ服、靴だけ替えた二枚。並べると数センチ違って見えるんですよ。
白ソールを選ぶなら、上を軽くする
全否定はしません。デニムに黒スニーカー、ソールが白。これはこれで爽やかです。
条件は、上半身に明るい色を入れること。白いTシャツか、薄いグレーのシャツ。
上が明るくて足元に白線があると、上下で呼応します。逆に上が真っ黒だと、足元の白だけが取り残される。
光るか、光らないか
エナメル調の黒、ツヤのある合皮。あれが一番、量産の空気を出します。
マットな黒は、素材が語る
キャンバス、スエード、起毛したレザー。光を吸う素材の黒は、深さが出ます。
反対に、てらっと反射する黒は、光が当たった部分が灰色に見えて、安っぽく映ってしまう。夜の店内でスマホのライトが当たったときの、あの感じ。
店で選ぶときは、蛍光灯の下で靴を少し傾けてみてください。光が滑るように走ったら、たぶんそれは避けたほうがいい。
スエードは、大人の抜け道
黒スエードのスニーカー。これがいちばん失敗しにくいと思っています。
表面が起毛しているぶん、真っ黒でも柔らかく見える。革靴ほど硬くならず、キャンバスほどカジュアルに落ちない。ちょうど真ん中。
雨に弱いのが弱点なので、防水スプレーだけは買ってほしいです。数百円の手間で、寿命が倍になる。
ロゴが大きいと、そこが主役になる
サイドに大きくブランドの印が入ったもの。
悪い靴じゃありません。ただ、大人が全身のバランスを取ろうとしたときに、足元だけ主張が強くなる。
視線の落ちる場所を、自分で決める
おしゃれに見える人は、目立たせる場所を一つに絞っています。
時計なのか、シャツの色なのか、鞄なのか。そこに視線を集めるために、他を静かにする。
足元に大きなロゴがあると、それが勝手に主役になってしまう。全身の主導権を、靴に持っていかれる。
かかとに小さく入っている程度。あるいは、何も入っていない。そのくらいの靴が、結局いちばん長く履けます。
形は、細すぎず、厚すぎず
つま先がとがっているものは、脚が長く見えるかわりに硬い印象になる。
底が極端に厚いものは、若く見せようとしている気配が出る。
甲がなだらかで、ソールの厚みが二センチ前後。無難と言われるかもしれないけど、無難の中に長く付き合えるものがあります。
丈と靴下で、印象は最後に決まる
靴だけ整えても、上と繋がらなければ意味がない。ここが仕上げです。
パンツの裾は、靴に乗せない
黒スニーカーに黒パンツを合わせるとき、裾が甲に落ちると、そこに布が溜まって足首が消えます。
くるぶしが見えるくらいで止めると、黒が続いているのに、輪郭が保たれる。
同じ色を重ねるときほど、丈の管理が効いてきます。境目がないぶん、たるみが目立つので。
靴下は、黒か、思いきり白か
中間色の靴下がいちばん危ないです。グレーとか、紺とか。なんとなく色が濁って見える。
黒スニーカーに黒靴下、黒パンツ。この一本つながりが、いちばん脚が長く見えます。
逆に、白い靴下をわざと見せるのも成立する。ただしその場合は、上半身にも白を入れて呼応させること。
やってはいけないのが、くるぶし丈のパンツに、透けるほど薄い黒のビジネスソックス。あれは足首だけ生々しくなって、なんとも言えない気持ちになります。
黒スニーカーで、失敗した週末
自分の話をします。
黒のスニーカーを買った翌週、全身を黒でまとめて出かけたんです。黒のワンピース、黒のバッグ、黒のスニーカー。
鏡の前では格好よかった。完璧だと思った。
外に出て、ガラスに映った自分を見たら、ただ黒い塊が歩いていました。
顔色が沈んで、肌が黄色く見えて、疲れているように映る。夏の日差しの下だったのも悪かった。
はぁ…。その日は結局、途中でストールを買い足しました。ベージュのやつ。首元に一色入れただけで、鏡の中の自分が戻ってきた。
黒は、どこかに逃げ道を作らないと沈む。この体験は男性にもそのまま当てはまると思っています。
顔まわりに、明るいものを一つ
黒スニーカーに全身黒。それ自体は悪くない。ただ、顔の近くに何か明るいものを置いてほしい。
白いインナーがちらっと見える、シャツの襟が白い、眼鏡のフレームが明るい。それだけで印象が変わります。
足元が黒で締まっているぶん、上に余白があると全体が呼吸を始める。
色落ちしてきたら、どうするか
黒スニーカーの寿命は、素材の傷みより先に、色のほうが来ます。
擦れて白くなった部分
つま先の縁、かかとの角、履き口のふち。ここから薄くなっていく。
専用の補色クリームを塗れば、ある程度は戻ります。キャンバス地なら黒い染料タイプもある。
それでも二回目、三回目となると、質感がまだらになってくる。そこが引き際です。
新品同様の見た目を保てなくなった黒は、他のどの色よりも古びて見えます。手放す判断を早めにしたほうがいい。
ソールの黄ばみは、意外と目立つ
黒本体でも、ソールの側面が経年で黄ばむことがあります。
本体が黒いぶん、そのくすみが余計に見える。歯ブラシと中性洗剤で、月に一度こするだけでかなり違う。
やっている人と、やっていない人。半年で差がつきます。
黒スニーカーは、選び終わったところがスタートだと思っています。
選ぶ日に三十分かけて、履き始めてからは月に十分。それだけで、何にでも合う一足として長く生きてくれる。
今持っている黒スニーカーを、明るい場所で一度眺めてみてください。光ってしまうなら、次はマットなものを。
