友人の部屋で、私は言葉を選んでいた
引っ越しの手伝いに行ったときのことです。
クローゼットから出てきたパンツが、十四本ありました。細いやつ、太いやつ、裾がすぼまったやつ、真っ直ぐなやつ。ワイドが流行った年に買ったもの、その前の細身の時代のもの。
床に並べていったら、彼が笑いながら言いました。俺、けっこう頑張ってきたんだよな、と。
その中で、はき込まれて生地が柔らかくなっているのは二本だけでした。あとはほぼ新品の状態で、色も落ちていない。
指先で、生地の硬さを確かめながら考えていました。
買った日が、いちばん似合ってた日だったんだ。
十二本は、流行に間に合わせるために買われて、体に馴染む前に次の流行が来たやつです。
メンズパンツの流行りを調べる人が欲しいのは、今年どの形が来ているか、でしょ。細身はもう古いのか、ワイドはいつまで続くのか。
けれど、その質問に答えても、たぶん来年また同じ検索をすることになります。
言い切ります。流行りを追いかけている人ほど、格好よく見えません。今のシルエットを着ているのに、なぜか借り物に見える。百人中九十九人が最新の形を探しているけれど、見られているのはそこじゃないんです。
流行の形は、慣れた人にしか似合わない
ワイドパンツが街に増えたとき、似合っていた人と浮いていた人がいました。
差は、その形に慣れているかどうか。太いパンツは歩幅が変わります。布が揺れる分、動作をゆっくりしないと落ち着かない。
昨日まで細身だった人が急に太いものをはくと、動きが服に追いつかない。裾を踏みそうになって、歩き方がぎこちなくなる。
服は、着ている時間が長いほど体に馴染む。買った翌日がピークじゃないんですよ。
じゃあ何を見ているのか
太さより先に、腰の位置。
どこで穿いているか。ここが全部を決めています。
細身でも太めでも、腰の位置が正しければ格好がつきます。逆に、どんなに今年らしい形でも、位置が下がっていると全部台無しになる。
腰の位置が三センチ下がると、脚が五センチ短くなる
数字は感覚です。でも、それくらいの差が出る。
ベルトを締める場所を、勘違いしている人が多い
骨盤の上の、いちばんくびれているところ。そこにウエストが来るのが本来の位置。
けれど、お腹が出てきた人ほど、下に下げて穿きます。楽だから。腹の膨らみの下に引っかけるほうが、締めつけられない。
その結果、股上が下がって、股下が短く見える。パンツの前面に、斜めのしわが何本も入る。
このしわ、遠目にもわかります。しかも本人は、鏡を正面から見ているので気づかない。
上げると苦しいなら、股上の深いものを
無理に引き上げろという話じゃありません。苦しいのは、そのパンツの股上が浅いから。
股上が深いパンツを選べば、正しい位置で穿いても腹が締まりません。むしろ楽になります。
最近は深めのものが増えているので、探しやすいはず。試着室で、いつもより高い位置で穿いてみて、それで苦しくないものを選ぶ。
これだけで、脚の長さの見え方が変わります。どんな流行の形よりも効きます。
細身が悪者にされすぎている
ワイドの時代が長く続いて、細いパンツは古いという空気があります。
それ、半分だけ正しい。
細身が古く見えるのは、細すぎるものだけ
問題なのは、太ももに張りつくレベルの細さ。脚の形がそのまま出るもの。
腿にゆとりがあって、膝から下だけ緩やかに細くなるもの。これは今も何も古くありません。
むしろ、体格のしっかりした人や、背の高くない人には、こちらのほうが合います。
太いパンツは、身長がある人か、上半身に量がある人のほうが乗りこなしやすい。だから流行と相性は別物なんです。
自分の体で判断する、たった一つの方法
横向きで写真を撮ってください。それだけ。
正面の鏡は、幅しか教えてくれません。横から見ると、腿の厚みと、腰の位置と、裾のたまり方が全部出ます。
腿の前面に横じわが寄っていたら、細すぎ。膝の下で布が波打っていたら、太すぎか長すぎ。
恥ずかしいけど、店の試着室でやってほしい。他人はあなたを正面からだけ見ているわけじゃないので。
ワイドに挑戦して、失敗した友人
さっきの十四本の彼の話に戻ります。
彼が一番後悔しているのが、太いスラックスを買った年だったそうです。
身長は百六十八センチ。上半身は細め。そこに、腰から裾までまっすぐ落ちる太いパンツ。
はいて出かけた初日、駅のトイレの鏡で見て、そのまま帰りたくなったと言っていました。
布の量に、体が負けていたんです。歩くたびに前後に揺れて、脚がどこにあるのかわからない。
本人の言葉が印象的でした。俺が服を着てるんじゃなくて、服が俺を持ってる感じ、と。
うまい表現だなと思って、今でも覚えています。
それでも太めをはくなら
上半身に量を足すこと。厚手のニットや、少し大きめのアウター。
下だけ大きいと、頭と肩が小さく見えます。上下の量を揃えると、バランスが取れる。
それと、丈は必ず短めに。太いパンツで裾が靴にたまると、そこで全部が終わります。
くるぶしが見えるくらいまで上げる。太さと短さはセットです。
色は、流行より手持ちで決める
毎年、今年の色みたいな話が出ます。
気にしなくていいと思っています。
持っている上着の数だけ、パンツの色は決まる
手持ちのトップスがグレーと紺と白ばかりなら、パンツはベージュか茶が生きます。
明るい上着が多いなら、下は濃い色で締める。
自分のクローゼットを見てから決めれば、外しません。流行色を単品で買うと、合わせるものがなくて出番が来ない。あの、タグがついたまま二年経つやつ。
私も経験があります。買った日はときめいたのに、家で他の服と並べた瞬間、心臓がすっと冷えました。何とも合わない(泣)。
三本あれば足りる
濃い色を一本、中間の色を一本、明るめを一本。
これで一年が回ります。十四本は要らない。
少ない本数を繰り返しはくと、生地が体に馴染んで、膝や腿の形が自分のものになる。その馴染んだ状態が、いちばん格好いい。
新品のパンツより、三年はいたパンツのほうが決まっていることって、本当にあります。
裾と、その先
形の話をしてきましたが、最後に手をかける場所を。
直しに出さないパンツは、どんな形でも負ける
既製品の丈が自分に合っている確率は、そんなに高くありません。
一センチ長いだけで、裾が靴に乗って、そこで線が切れる。
数百円から千円ちょっと。この投資をしていない人が、いちばん多い。
逆に言えば、そこを押さえるだけで、流行を追わなくても差がつきます。
アイロンは、前面の折り目だけでいい
スラックスなら、中央の折り目が生きているかどうか。
その一本が消えていると、全体がへたって見えます。
週末に十分。折り目だけ当て直す。全面をきれいにする必要はありません。
この線が立っている人と、消えている人。並ぶと差がはっきり出ます。
流行を全部無視しろとは言いません。空気は変わるし、あまりに古い形は浮いて見える。
ただ、追いかける前に、腰の位置と丈と、横から見た自分。この三つを確認するほうが早い。
今はいているパンツで、一度だけ横向きに立って写真を撮ってみてください。答えは、たぶん流行の外にあります。
